福島県南酒販株式会社
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新・酒蔵探訪

新・酒蔵探訪

新・酒蔵探訪40 【2015年5月】
アサヒビール株式会社 福島工場
●アサヒビール兜沒工場  
  本宮市荒井字上前畑1
  TEL 0243─33─4111
●アサヒブルワリープラザふくしま(工場見学)
  TEL 0243─34─1170
●アサヒビール園福島本宮店
  TEL 050─5780─2857
 アサヒビール福島工場の操業は昭和47年。昭和54年にはビール工場としてビールの製造を開始。現在は、全国に8ヵ所ある工場の1つとして「アサヒスーパードライ」をはじめとするさまざまな商品を製造し、県内外へ出荷している。
 2011年3月11日。東日本大震災はこの工場にも大きな被害をもたらした。缶詰めなど重要なラインのあるメインの製造棟では、通常の建物なら7階建てにも相当する高さの壁が大きく崩れた。倉庫では積み重ねられた多量の製品が散乱した。また、発酵・熟成タンク内のビールも、地震による停電のために廃棄を余儀なくされたという。震災当時は仙台のニッカウヰスキーの工場長を務めていた山中晶工場長は、「当時、工場には社員他関係会社のスタッフなど約500人が勤務していました。人的被害がなかったことは、本当に幸運だったと思います」と話す。
 震災後、福島工場がまず目指したのは、東北地方への商品供給の拠点としての物流機能の回復だった。電気や水道など工場全体のユーティリティの復旧も図りながら、1ヶ月ほどで物流機能は回復。しかし、最盛期である夏前を目標としていた工場の操業再開は、建物の修理などに時間がかかったこともあり、秋へとずれ込んだ。仕込みの再開は10月、11月にラインも復活し、福島工場ではまず県内向けに「アサヒスーパードライ」と「アクアブルー」の製造が再開された。
 「製造の再開については、お客様や酒販店の皆様から原発事故の影響を心配される声もいただきました」と、震災当時から福島工場に在籍する青木文造部長は振り返る。「その不安を払拭するためには、商品の安全の保証を徹底することが必要でした」。工場では「ゲルマニウム半導体検出装置」を採用し、全商品はもちろん、原材料に至るまで検査を実施。さらに40回以上も説明会を開き、その検査の内容や結果などを報告してきた。「これまで1度も放射性物質が検出されたことはありません」。今も毎日、徹底した検査は続けられている。
 生産・物流拠点としての福島工場の再開とともに、アサヒビールとしては福島県をはじめとする被災地へさまざまな支援を行ってきた。福島工場での製造再開後には、福島工場で製造された商品の売上げ1本につき1円が福島県の復興支援に活用される「ふくしまプロジェクト」が実施された。また、被災地の子どもを支援する事業などもさまざまな形で行われてきた。「今年度も、アサヒグループホールディングス鰍ニ福島県の共催で、地域住民の買い物支援や地域コミュニティの活性化などを助成する事業を予定しています」。実際に支援を必要としている人に近い形で支援していきたいと、アサヒビール兜沒支社の白井源晃支社長は話す。
 現在、福島工場の製造量は、ほぼ震災前の数字まで戻ってきた。「震災後、全国の出荷エリアの変更などもあり、その影響もあります。また現在、福島工場では、20種もの商品を製造しています。これは、震災前の倍近くに当ります。福島工場は多品種工場≠ニいう特長を発揮しています」と、山中工場長。多品種の商品を製造するには、ラインの管理や製造計画などが求められる。社員やスタッフのモチベーションも必要だ。「多品種の商品を淡々と製造する、そんなスマートブルワリー福島≠ェ目標です」。
 そんな工場の見学も、震災前とは一味違うものとなった。ビールづくりからビールの楽しみ方まで体感できる「アサヒブルワリープラザふくしま」として、映像やパネル表現も交えビールの製造工程を紹介、さらに以前に増してくつろいだ空間での試飲もできる。
 また、工場に隣接する「アサヒビール園 福島本宮店」では、工場生産のスーパードライとラム肉ジンギスカンが楽しめる。震災後は工場に先駆けて再開し、多くの人を元気づけてきた。震災から4年を経て、県外からの利用客も戻っているという。
工場の事務所棟
▲工場の事務所棟



左から白井福島支社長、山中工場長、青木部長
▲左から白井福島支社長、
山中工場長、青木部長



福島工場で製造している商品を陳列
▲福島工場で製造している商品を陳列
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