福島県南酒販株式会社
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コラム

第八十九回 3級ウイスキー
代表取締役社長 山口 哲行
 朝ドラ「マッサン」が終わった。サントリー創業者である鳥井信治郎とともに、ジャパニーズウイスキーの草創期を支えた竹鶴政孝をモデルとしたものだ。残念ながらストーリー的には(フィクションなので当然だが)史実とは異なる部分も多く、理想を追い求める技術者としての竹鶴政孝よりも、愛妻家としてのイメージが先行する立てつけが、今一歩だった。ただ、一般の消費者の目をウイスキーに向けさせた効果は大きく、さすがはNHKと言うしかない。

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 竹鶴政孝とニッカウヰスキーのエピソードの中で最も有名なもの1つが終戦後の「3級ウイスキー」への参入だろう。  

 当時、原酒率5%未満の雑酒第3級(3級ウイスキー)が大人気を博していた。作れば売れる状況にも関わらず、竹鶴は「模造ウイスキーに毛が生えた程度」の3級ウイスキーを、頑として作ろうとはしなかった。しかし税率が高く高価な1級ウイスキーしか持たない大日本果汁の 経営は厳しさを増し、同社の実質的なオーナーである加賀正太郎の要求や、国税庁初代長官の高橋衛の進言には抗えきれず昭和25年、竹鶴は3級ウイスキーを作る決断をする。工場の広場に全従業員を集め、竹鶴は涙ながらに語ったと伝えられる。
 「ウイスキーの名前を語れるのは原酒をふんだんに使った本格ウイスキーだけだ。だから3級ウイスキーという名ばかりの製品は出さずに誇りを貫いてきた。しかし、今、会社の将来と我々の生活を守るためには止むを得ない。わが社も3級ウイスキーを発売することにした。しかし、ニッカウヰスキーの誇りを忘れず、この事情をかみしめて欲しい」と。

 ドラマでは3級ウイスキーは取り上げられたものの、全く異なったエピソードに仕立てられていた。ドラマ的な効果も必要だろうが竹鶴を語るなら、このエピソードはきちんと取り上げてほしかった。

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 ところで、当社の創業20周年記念誌「福島県南酒販20年史」(昭和44年10月発行)に、竹鶴政孝氏より寄稿頂いているのでここに紹介したい。

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ヤングパワーの建設的爆発    
    ニッカウヰスキー株式会社取締役社長 竹鶴政孝  

 御創業20周年記念を心からお祝い申し上げます。山口社長としては正に夢のように過ぎ去った20年とお感じの事と存じますが、沈思して一年一年の過去を顧みられますと、そこには本当に幾山河のあった事を思い出されることでございましょう。御社は戦後の混乱時代に誕生され荒廃した社会の中で、いはゞ少年時代を過されたのでありますから、今日の御発展は正に社長を中心とした皆様の努力が実ったものと申さざるを得ません。承りますと、御社は比較的お若い方が多いとの事、巷間新聞種になっているようなヤングパワーの爆発は困ったものでありますが、若い方々の力の正しい方向への爆発力は今後における企業の発展に対して必ずや大きく寄与することと存じます。私事も書きまして恐縮でございますが私も摂津酒造阿部社長のお話しを受け25歳にも満たない身で単身渡英したのが、現在の礎となったものであり、考へてみれば、これも1つのヤングパワーの然らしむるものと云えましょう。世の青年諸君が自分達のもつヤングパワーを冷静な考慮の上に立つ建設的な目的に向って爆発させてもらいたいものと希望して已みません。

 又御社は山口社長の精神が社内に徹底し、活気が社内に満ちていると承っております。御社が県内業界において常に指導的立場にあり、こゝ数年間目覚しい御発展を遂げられつゝあるのも宜なる哉と存じます。組織は人間が作るもの、如何に文書をもって整然とした組織をかたち造っても、その中に働く人間の心の一致と前進の意欲がなければ、却ってセクショナリズムと沈滞に陥ってしまう結果となり、畢竟はペーパープランに了ってしまうものであります。この点誠にお見事と心から賛辞を呈する次第であります。

 社内の皆様、皆様の天職を愛し、皆様の会社が益々御 発展されるよう御努力を念願して已みません。

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 念のため、文中の「山口社長」は当社初代社長である山口哲蔵のことだ。
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